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2. 着物マイノリティ論

(1)艶やかなる銘仙
(2)あやしい着物
(3)銘仙雑考
(4)ちょっとあやしいきもの論
1. 着物の昭和史
  - 銘仙の時代 -
2. 着物マイノリティ論
3. 「もう一人の私」論
4. 『季刊きもの』167号
  
掲載インタビュー記事
5. 現代きもの事情
6. 順子の好きな着物エッセイ

第2土曜日ではない銀座の街を観察してみてください。着物姿の人は100人に1人もいないでしょう。ビジネス関係の人が多い平日の昼間だったらなおさら。何100人に1人も出会わないかもしれません。最近は、銀座のホステスさんもめっきり着物を着なくなりましたから、夜になってもそれほど着物着用率が上がることはないでしょう。
 
着物率は多めにみても1%、たぶん0.数%、つまり1000人に何人というレベルです。現代の日本では、着物を着ている人は、明らかにファッション・マイノリティ(少数派)なのです。
 
私が着物マイノリティ論を言うと、着物業界の関係者や熱心な着物愛好家の方に「そんなことはない!着物は日本の伝統文化、民族衣装だ」と叱られると思います。でも、現実は現実、目をつぶるのはもう止めましょう。
 
セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)と言われるゲイ/レズビアン、それに私のようなトランスジェンダー(性別越境者)を合わせると、全人口の3%くらいはいるはずです。それと比較しても、1%いるかいないかの着物人はまちがいなく立派なマイノリティと言えます。
 
だから、自分が着物を着る意識を持たないマジョリティ(多数派)の目からしたら、「着物なんか着て、なにか特別なこと?」と思うのは、当たりまえ。まして、日常的に着物を着ている人が近所にいたら、「変な人(変わり者)」と思われても仕方ないのです。現代の日本では、ほとんどの人にとって、着物は日常のファッション選択の対象から外れています。つまり、今日は洋装にしようか、和装にしようかと考える人は、もうほんの少数派ということです。
 
現実的な見通しとして、もう着物がファッション・マジョリティの地位を回復することはありえないでしょう。染織芸術としては命脈を保っても、衣服としての落日は避けられないところまで来ています。日本の着物文化のたそがれ期を生きる私たちは、ファッション・マイノリティとしての自覚をもち、開き直って、一種のコスチューム・プレイとして、着物を着ることを楽しむべきだと思います。
 
私は、21世紀になってからの着物ブームは、着物が完全にファッション・マイノリティ化し、日常性を喪失した特殊な衣服になってしまったことがベースになって成立したものと考えています。一般社会のファッションの枠組みから外れて、ある種の「異装」になってしまったからこそ、それを逆手に取って、自己主張、自己表現の手段とすることが可能になったのです。
 
たとえば、色鮮やかで人目を引く模様銘仙は、戦後の昭和20年代、自らを広告塔にする必要があった「赤線(公認買売春地区)」のお姐さんたちが好んで身につけた着物でした。その時代を知っている現在70歳代後半以上の男性の中には、鮮やかな模様銘仙に強烈な性的イメージを覚える人もいます。そうしたセクシュアルなイメージが現実のものとして在った時代には、素人のお嬢さんや奥さんが模様銘仙を着て出歩くことは困難でした。そのイメージが忘れ去られたからこそ、派手派手ファッションで目立ちたい現代女性が模様銘仙を着て気楽にお出掛けできるようになったのです。ただし、昔を知っているお爺さんにナンパされるかもしれませんが。
 
では男性は。21世紀の現代、着物姿のヤクザなんて現実にはほとんど絶滅しています。それはもう任侠映画のイメージの残像でしかありません。だからこそ、堅気の男性が昇り龍の図柄を背に透かした着物姿で街を歩けるのです。現実のヤクザがそういう姿だったら、いくらなんでも怖くてできないでしょう。もっとも、古典的な着物姿の親分に憧れているヤクザの幹部連に声をかけられる可能性はありますが。
 
つまり、着物はファッション・マイノリティになったことで、社会の服飾規範を超越する、ある種の自由を獲得できたのです。21世紀の着物人は「変わり者」「外れ者」だからこその自由を満喫しながら、着物を自己主張、自己表現の手段として、大いに活用すべきでしょう。
 
社会の服飾規格から外れた着物は、普段の自分とは違う自分になる、つまり変身のアイテムとしては絶好です。コーディネートに工夫をすれば、立派な会社勤めの男性が「あぶなそうな兄さん」に、まともな会社のOLさんや良家の奥様が「あやしい姐さん」に変身できるなんて、すごく素敵なことではないでしょうか。背景や小道具に気を使えば、あっという間に昭和初期や昭和30年代にタイムワープすることも可能です。社会的立場を変え、年齢を化けて、時空すら超える、今、着物は新しい力を持ったのです。

写真1
ちょっと背景に気を配れば、昭和30年代にタイムワープ。
着物は黒地に深緑の大矢絣模様の伊勢崎銘仙です。
(撮影:2006年6月、お台場一丁目商店街)

【初出:『Kimono人 2006』きもの日和実行委員会 2006年11月】

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