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3. 銘仙の歴史

(1)艶やかなる銘仙
1. はじめに
2. 銘仙の町の思い出
3. 銘仙の歴史
4. 銘仙のイメージ
5. おわりに
(2)あやしい着物
(3)銘仙雑考
(4)ちょっとあやしいきもの論

銘仙とは、先染めの平織りの絹織物です。銘仙の源流は、屑繭や玉繭からとった太い糸を緯(よこ)糸に用いた丈夫な縞織物(太織)で、私の生まれた秩父周辺の養蚕地帯の人々の自家用のものでした。それが明治期の縞柄の流行に乗って関東一円で着られるようになり(「縞銘仙」)、大正期には絣模様を織り出した「絣銘仙」が流行し、伊勢崎、桐生(群馬県)、秩父(埼玉県)、足利(栃木県)、八王子(東京都)など北関東・西関東を中心に盛んに生産されるようになりました。

 
銘仙の生産を一新したのは、大正の中頃に発明された「解(ほぐ)し織」の技法でした。経(たて)糸を並べてずれないようにざっくり仮織りした上で、模様を捺染し、仮織の緯糸を抜いて解(ほぐ)しながら、再び緯糸を通して本織するこの技法によって、たくさんの色を用いた複雑な柄の着尺を効率よく生産できるようになりました。またこの頃から伝統的な天然染料に代わって染色効率が抜群によく色の彩度が高い人工染料が用いられるようになりました。

写真1

「解(ほぐ)し織」の仮織状態の説明図。
仮緯糸は経糸を仮止する程度にごく荒く斜めに通ってます。
本織の時にはこの仮緯糸を取り除きながら本緯糸を入ます。

写真2

制作中の模様銘仙。萩の柄です。
(ちちぶ銘仙館の絵葉書)

こうした技術革新を背景に、大正末期〜昭和初期のモダン文化の流行に乗って、欧米の洋服地デザインの影響を受けた大胆でハイカラ、色鮮やかな「模様銘仙」が大流行します。模様銘仙のデザインは、着物でありながら、ヨーロッパアートの潮流をしっかり受け止めていました。大正期の模様銘仙には曲線的なアールヌーボーの影響がはっきりみられますし、昭和に入ると直線的で幾何学的なアールデコ調が出現します。
 
昭和初期、銘仙全盛期の秩父では、デザインを東京の美術学校で洋画を専攻している学生に委嘱したり、来日したフランスのデザイナーと交流したり、遠くドイツから輸入した染料を使ったりしていたそうです。地元の職人さんも、そうした最新のモダンデザインを着尺に乗せることに職人的プライドを感じて、さまざまな技術的チャレンジを繰り返しました。今に残る銘仙の色柄の中にまるで油絵を思わせるものやヨーロッパの同時代のデザインに比べても遜色のないものがあるのは、こうした新しい発想と努力の賜物だったのです。

写真3

全盛期の銘仙の色柄
(『華やかな美 大正の着物モード』 須坂クラッシック美術館 1996年8月)

写真4

秩父銘仙全盛期(昭和初期)のポスター

もう一つ重要なことは、工場で大量生産される安価な銘仙の出現によって、それまでは木綿しか着られなかった庶民の女性までが絹の着物に袖を通すことができるようになったことです。
 
こうして大正後期〜昭和期初期に、銘仙は、東京を中心に中産階級の普段着、庶民のおしゃれ着、あるいはカフェの女給の仕事着として地位を確立しました。
 
昭和11年(1936)に制作されたモダン東京の全盛を「夢のパラダイスよ 花の東京」と歌い上げた映画「東京ラプソディ」の中に、普段は洋装をしている銀座のショップガール(売り子)が、思いを寄せる男性を招いた夕食会を前に、着物に着替えるシーンがあります。モノクロなので断言はできませんが、その着物が模様銘仙のように見えました。都会で片隅でつつましく暮らしている娘の最高のおしゃれ着(一張羅)が銘仙だったのです。
 
銘仙は、日本が戦後の荒廃から立ち直り、繊維製品の統制が解除された昭和20年代後半から30年代前半(1950〜1960)にも、伊勢崎を中心に生産され、アメリカの洋服地を模倣した大柄で華やかなデザインのものが大流行しました。しかし、それはつかの間の繁栄で、昭和32年(1957)にウール着尺が発明されてブームになると、その地位を取って替わられ、着物が普段着の地位を失った昭和40年代(1965〜)以降はほとんど姿を消してしまいました。
 
今、アンティーク着物として私たちが手に取る銘仙は、ほとんどが「模様銘仙」か「絣銘仙」です。昭和初期のものなら70年前後、戦後のものでも40年前後も昔の着物ということになります。
 
初期のものほど緯糸の節が目立ち「ぶつぶつした」感じがし、時代とともに次第に糸の節が目立たないものが多くなります。昭和の大量生産品は滑らかで光沢のあるものがほとんどですが、一方では緯糸に人絹を用いた水に弱く強度不足(張力に弱い)の粗悪品も数多く出回ったので注意が必要です。
 
着物が生活文化として生きていた時代のエネルギーが感じられる先進的なデザインを見ていると、そんな昔のものとは思えませんが、年月の経過による生地の劣化は避けられません。どうか大事に着て、着物としての命を全うさせてあげてください。

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