【Specal】「性同一性障害者特例法」が成立

2003.11

−戸籍の性別変更が可能に
でも、ニューハフには「絵に描いた餅」?−
2003年7月10日「性同一性障害者の性別取扱い特例法」(以下、GID特例法)が衆議院本会議で可決、成立しました。
 
この法律は、性同一性障害者が一定の要件を満たせば、家庭裁判所に審判を求め、認められれば戸籍の続柄(性別)を変更できることを定めた法律です。この法律によって、実生活上の性別と戸籍上の性別の相違に苦しむ性同一性障害者に、司法による救済の道が開かれることになりました。
 
GID特例法の対象となる性同一性障害者は、次のように規定されています。
 
「生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という)であるとの持続的な確信を持ち、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致している者」
  
つまり、性同一性障害であるという診断を二人の専門医から受けている人です。
 
また、審判を求めることができる要件は、次の5つです。
(1) 二十歳以上であること。
(2) 現に婚姻をしていないこと。
(3) 現に子がいないこと。
(4) 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
(5) その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
 
つまり、20歳以上で、現在、結婚してなく、子供がいない性同一性障害者で、去勢手術と性別適合手術(MTFなら造膣手術、FTMなら陰茎形成手術)を完了している人だけが、家庭裁判所に性別変更の審判を求めることができるのです。
  
この法律は、FTMで作家の虎井まさ衛さんやMTFで世田谷区議会議員の上川あやさんらの働きかけを受けた自民党の南野千恵子参議院議員や公明党の浜四津参議院議員など与党三党のプロジェクトチームが中心になって法案を作成し、法案提出後わずか10日後に実質審議無しの異例のスピード成立となりました。
 
しかし、この法案はいろいろな問題点を持っています。第1は、諸外国の類似の法律に無い「子無し要件」を設けたことです。子供がいる人たちを中心に当事者団体からの強い反対があったにもかかわらず撤回されませんでした。
 
第2は、望みの性別での生活実績がまったく無視されたことです。MTFの場合、たとえ10〜20年という長い年月を女性として生活している人でも診断書が無かったり要件に不備があれば審判を求めることすらできません。その一方で、女性としての生活がまだ確立されていなくても、診断書が有り、要件を満たしていれば、性別変更が可能なのです。
 
第3に根本的な問題として、対象者が性別適合手術を受けている人すべてではなく、性同一性障害者という医療の枠組みに入っている人に限定されていることです。
 
さて、ニューハーフの皆さんの中には、造膣手術まで済ませ、5つの要件をクリアーしている人がかなりの人数いると思います。そうした人が、戸籍を女性に変更しようと希望した場合、今回の法律で望みが達成できるでしょうか。
 
まず、前提条件である医療の枠組みに入る必要があります。性同一性障害の診断書を2通を手に入れなければなりません。つまり「病気」にならなければいけないのです。具体的には、日本で10人足らずしかいない性同一性障害の専門医(精神科医)の元に通って複数回のカウンセリングを受け、性同一性障害である旨の診断書を書いてもらいます。これを別の医師相手にもう一度繰り返します。順調に行っても1年はかかるでしょう。
 
次ぎに、形成外科の専門医のところに行って、生殖能力を喪失していること、造膣手術済みであることを証明する診断書を書いてもらいます。この診断書は「治療の経過及び結果」について「厚生労働省令で定める事項が記載された」ものとされています。この場合、ベストなのは、実際に手術をした医師に診断書を書いてもらうことです。
 
つまり、最低限2種類3通の診断書を揃えなければなりません。特に、海外や国内の非公認ルート(いわゆる「闇」)で手術を受けることが多かったニューハーフにとっては、手術の執刀医に診断書を書いてもらうことはかなり困難なのではないでしょうか。
 
執刀医の診断書が手に入らない場合は、他の医師に現状を診察した診断書を書いてもらうことになりますが、審判の過程で家庭裁判所から手術に関する資料(カルテのコピーなど)を請求された場合に対応できず、不利になることが予測されます。
 
結論として、この法律は、ニューハーフに対してかなり高いハードルを設けていると思います。それは、この法律が最初からニューハーフを対象として想定していないからです。
 
そもそも1997年に始まった日本の性同一性障害の治療は、「診断と治療のガイドライン」に職業的利得条項を設けて、ニューハーフを除外してきました。2003年春に改定された第2版のガイドラインの職業的利得条項には、「特定の職業を排除する意図をもつものではない」とわざわざ注記しています。「特定の職業」とはニューハーフや「おなべ」を指しています。患者を職業で差別してはいけないのは医療倫理の根本であるにもかかわらず、こんな添え書があるということは、改定前のガイドラインにおいて、ニューハーフを医療から疎外してきたことの証明なのです。
 
今回の法律は、こうしたGID医療からニューハーフを疎外してきた状況の延長上に作られたもので、性別変更という法的機会からもニューハーフを疎外する、つまり差別を再生産する結果になりかねない危険性を持っているのです。 せっかくの法律が、ニューハーフにとっては「絵に描いた餅」であり、さらに差別を助長するものだったとしたら、こんなひどい話はないと思うのですが。