【第8回】模擬店「フェイクレディ3」 1996. 07

 
◇ 4月28日(日) 11時30分

 目が覚めて一番にしたことは、お天気の確認。晴と雨とではお客さんの出足がかな
 り違います。
 幸いよく晴れて暖かそう。巫女兼ホステスの裕乃妃ちゃんの祈祷が、功を奏したみ
 たい(専属巫女のいるお店はウチくらいじゃないかな)。
 ゆっくりしてはいられません。
 FL3の準備はたいへんなのです。
 昨夜、作っておいた煮物類(コンニャク・レンコン・大根と豚バラ)の味の染み具合を
 点検、調整をして再過熱。
 それと平行してもう3品、鳥のモツいため、大根と帆立のあえもの、きのこのソテー
 を作ります。
 なにしろそれぞれ50人分ですからね。
 家庭の台所ではもう量的な限界が来ています。
  
 
◇ 13時40分

 仕込みを終えて自分の支度にかかります。
 予想より暖ったかいのでしばらく悩んだけれど、予定通り胸元が大きく開いた真っ
 赤なワンピースに決めました。
 これならそんなにギンギラじゃないし、どこに居ても見つけやすいだろうし。
 化粧を終えてマニュキュアを乾かしていたら、もう時計の針は16時を過ぎてました。
     
 
◇ 16時50分

 迎えに来てくれたホステスの岡野香菜ちゃんの車に荷物を積み込みます。
 6品各50人分のおつまみは半端な量じゃありません。
 香菜ちゃんが作った6合分の炊き込みご飯と合わせて車の小さなトランクはもう一
 杯です。
  
 
◇ 17時50分

 今日の会場の新宿3丁目「びびあん」に着きました。
 荷物を運び上げて整理してたら新人ホステスの広幡由香ちゃん・裕乃妃ちゃんが
 早くも出勤。
 2人を留守番に残して香菜ちゃんの車で2丁目のレンタルショップ「アコム」へ。
 FLの必需品、丸椅子(補助椅子)を10脚借りてきます。
  
 
◇ 18時55分

 No1ホステスの秋本明香ちゃんが出勤。
 予定のスタッフがそろったので最終ミーティング。
 FL1の時はこの段階で「水割りの作り方」講習会をやっていたのだけど、今回はも
 うそんなことはありません。フロアーはチーママ代行の明香、カウンターは香菜に任
 せて、これであたしは会計とお客さまの送迎に専念できるはずです。
  
 
◇ 19時50分

 戻ってきた氷買出し部隊が「ママ、もうお客さん並んでますよ」と言うので、ちょっと
 早いけど扉にかけた看板を表にして、さあ、女装世界のビッグイベント「フェイクレデ
 ィ3」の開店だよぉ。
   
 
◇ 20時30分

 チーママ代行兼No1ホステスの明香が入り口のお帳場にいる私に寄ってきます。
 今日の明香は、黒のジャケットにタイトスカートという一見OL風の地味なファッション。
 それがかえって美貌と少年っぽさの残る不思議な色気を引き立たせてます。
 「お姉、じゃなかったママ、今日はお客さん少ないね」
 「えっ!少ない?開店30分でお客さま25人で少ない!」
 「だって席まだ座れるよ」
 だめだぁ、この娘、感覚狂っちゃってるぅ。
     
 
◇ 22時30分

 (『ニューハーフ倶楽部』特派記者が順子ママにインタビュー)
  
 
インタビュアー:すごい状況ですね。
  
 
順子:お陰さまで。今、40名いらしていただいてます。
  
 
:超満員ですね。あっ、あの人なんか立ち飲みだ。
  
 
:ラッシュ時の山の手線よりはまだ空いてますよ。
  
 
:あの、そういう比較じゃあないでしょう。ここお店でしょ。
   
 
:なんでだかこうなっちゃうんです、毎回。最初の予定では優雅で上品な高級ク
   ラブ風お店ごっこにするはずだったんですけどね。
   
 イ:これじゃあ学生コンパの時期の大衆居酒屋だなぁ。
  
 
:(インタビュアーを無視して)あっ、いらっしゃあ〜い。Aちゃん、来てくれてありが
   とう。(大声で)明香ちゃん、明香ちゃん、もうお一方座れます〜ぅ。えっ、無理。
   ごめんねちょっとここで待っててね(入り口の階段踊り場に置いた丸椅子に案内
   する)。
   え〜と、なんでしたっけ?。
   
 イ:じゃあ話を変えて、こういう模擬店形式は今回が最後とうかがいましたが?
   
 
:はい、もうスペース的にも準備的にも限界なので。例えばおつまみなんかどれ
   だけいると思います?7品50人分ですよ。家庭の台所ではもう量的な限界が来
  てるんです。
   
 イ:じゃあ、いよいよ本格的に出店ですね。
   場所は2丁目、3丁目、それとも歌舞伎町?

 順:あの、どこからそんな話が・・・。FLがこれだけ繁盛するのは年に2回しかやら
   ないからなんです。つまり半年間のお客さんが一日に集中するからこうなるんで
   毎日とかは毎週末とか営業したら、一日数人がいいところですよ。
   
 
:じゃあ、ほんとうにこれでお仕舞いですか?。
   
 順:模擬店形式じゃない純粋パーティー形式でやれたらいいな。女装の仲間が気
   楽に集まれる場所、男性の方が大勢の女装者に出会える場所って案外少ない
   んですよ。FLはそんな場所なんです。皆な久しぶりに仲間に会いにくるんです。
   「半年ぶりだねぇ。元気ぃ。あれまた髪のびたぁ?」とか「おっ、しばらく見ないう
   ちにますます女っぽくなったな」って調子でね。そうした機会を今後も提供しつづ
   けることができたらいいな、とは思います。
   (階段を美女と男性が上がってくる)あっ、梨沙さんにK林さん、わざわざありが
   とうございます。ごめんなさい、ちょうど満席で。
   ちょっとお待ちいただけますか。何とかしますから。
   
 
:もう何ともならないんじゃないですか。
   
 順:(大声で)明香ちゃん,明香ちゃん,もうお二方お席作ってくださ〜い。
   えっ、無理?。
   じゃあ男性のお客様の上に女の子を重ねちゃってそうすれば席が空くでしょう。
   はい、お待たせしました。どうぞ。
  
 イ:すごい人口密度だなぁ。人が立体的に重なってる。床、抜けませんか?。
   
 順:そうなの。さっき床の一部がふにゃふにゃしてたのよ。
  
 イ:げっ・・・。
  
 
◇ 03時20分
 激戦は終わった。ソファーで明香ちゃんが白い灰になってる。
 香菜ちゃんがカウンターに倒れ伏してる。
 新人ホステス裕乃妃ちゃん・裕紀ちゃん
 由香ちゃんは、「足が痛い痛い」「もう2
 度とホステスなんてするもんか」「工事現
 場の方が楽だ」と泣いている。
 来店のお客さま77名。自己新記録。
 扉にかけてあった看板を外す。
 この銀色の小さな看板を次に掲げるのは
 いつのことだろう。
  
 FLをご支援・ご協賛いただいたすべての
 皆様、ほんとうにありがとうございました。
 心から感謝しています。
 特に『ニューハーフ倶楽部』の私のエッセー
 を見て来店してくださった5名の男性の方々


 ゆっくりご挨拶することもままならず失礼いしました。この場を借りて改めてお礼申し
 上げます。
   
 さあ、次は何をしようかな。