【第55回】境界を越えるとき −城崎温泉旅行で−

2007.5

城崎温泉は、志賀直哉の小説「城ノ崎にて」(大正6年=1917)で有名な山陰の湯の里。

城崎温泉は有名な山陰の湯の里

男性から女性への暗く細い道を1人でトコトコ歩きだして、もう17年になります。最近はこの道もすっかりスピード時代になり、お化粧もしたことも、スカートをはいたこともないような、身体的にも社会的には立派な男性だった人が、わずか1年ちょっとで性転換手術をして戸籍まで女性に変更してしまうのが「流行」になりました。私のように時間をかけて少しずつ性別を移行するやり方は、もうすっかり時代遅れです。
 
まあ、それはご時勢で仕方がないことなのですが、少しずつ徐々に性別移行していても、ある日、自分で気がつかないうちに、ひとつの境界を越えていることがあるようです。最近、そんなことを実感する機会がありました。
 
2006年10月、昔からの女装仲間2人と、恒例の秋の温泉旅行に出掛けました。1泊目のお宿は山陰のいで湯、城崎温泉。今回の旅行の目的は「蟹をお腹いっぱい食べる」。お膳には、生蟹(刺し身)、焼き蟹、茹で蟹、蟹すき(鍋)がずらりと並び、「もう脚一本も食べられません」というほど蟹を堪能して、安らかに眠りについた翌朝、そのことは起こりました。
 
朝6時に起き出した私は、寝乱れた髪をブラッシングすると、浴衣(男女共通柄)の帯を男っぽく下目に締め、朝湯に行きました。起きぬけですからもちろんノーメークです。
 
男湯の暖簾をくぐって脱衣所に入った途端、「違いますよ」というオジさんの声。無視して浴衣を脱ぎはじめると、もっと大きな声で「お姐さん、違いますよ。ここ男湯ですよ」。さすがに手が止まりましたけども、ここでメゲたら朝湯に入れなくとなると思い、必死の思いでそのまま突入。やっとお湯につかると、私と入れ違いに逃げるように上がっていくオジさんたち。気づいたら、広い湯船に、私ひとりだけ。
 

やっぱり温泉は、気持ちいいなぁ(天橋立温泉で)。

やっぱり温泉は、気持ちいい

今までも「あれ混浴?なんだ男か」みたいなことを言われたことはありましたけど、ノーメークなのに、これほどあからさまな反応をされたのは初めて。すっぴんで女性と思われたうれしさよりも、本人としては精一杯、男っぽくしていったつもりが、ぜんぜん通用しなくなっていたことの方がショックでした。
 
そんな複雑な心境で始まった2日目。JR山陰線から北近畿タンゴ鉄道に入り、日本三景の名勝天橋立へ。傘松公園で天にかかる梯子にたとえられる景色を眺め、西国観音霊場28番成相寺にお参りしてという、ごくありきたりの観光コースを巡りました。
 
こうやって観光旅行していると、昔は「あれ?ニューハーフさん?」みたいな感じで、行く先々で、お店の従業員や観光客から反応があり、「いっしょに写真撮って」みたいなことを言われたものですが、最近はほとんど反応がありません。気は楽ですが、ちょっぴり寂しかったりもして・・・・。世の中の認識がそれだけ変わったのか、私たちがすっかりおばちゃん化したのか、たぶん両方だと思います。
 
2日目のお宿は、天橋立温泉の「ホテル北野屋」。仲間3人そろって男湯はもう無理なので、貸切風呂を予約しました。案内されたお風呂は、内湯ですけども大きな窓が2面、全開になり、広々した感じ。しかも、遠くの海に浮かぶ天橋立が見えるというとても気持ちが良いお風呂でした。お湯も身体の芯から暖まる良質なもので、やっと温泉気分を満喫できました。
 
3日目は、路線バスに1時間ほど揺られて、丹後半島の先端近くの漁村、伊根へ。ここは「舟屋」という、1階が舟倉(舟のガレージ)、2階が住居という珍しい形式の建物があることで有名なところです。
 

「ああ、とうとうここまで流れてきてしまったわ」(丹後半島・伊根「舟屋の里」で)

ここまで流れてきてしまったわ

遊覧船(貸切状態)から波静かな海辺にズラリと並ぶ舟屋の景観を眺め、次に岸辺に立って舟屋を背景に写真を撮っている内に、ふと「こんな海辺の街で小料理屋の女将をやりながら暮らしたいな」と思いました。でも、過疎化・高齢化で、お客さんがいなそう・・・・。
 
なぜか山の上にある「舟屋の里」という観光施設に行こうと、小さなコミュニティバスに乗ると、中は地元のおばあちゃんばかり。仲間が「すいません。舟屋の里は、次の停留所でいいのでしょうか?」と尋ねると、「次だけども、階段急で、女の人には辛いよ」「着物の女の人(←私のこと)は無理だよ」と口々に教えてくれます。
 
すいません、ご親切に心配してくださったのに。確かに階段はとても急でしたけども、本物の「女の人」じゃないので、スタスタすんなり登っちゃいました。
 
まあ、そんなこんなで、ちょっとショックなことはありましたけども、年に1度の仲間との楽しい旅行でした。お風呂のことで悩みながらも、次はどこに行こうかな、やっぱり混浴の温泉じゃないと無理かな、なんて考えています。