【第49回】祝・創刊50号!の思い出話

2005. 11

『ニューハーフ倶楽部』50号、おめでとうございます。月並みですが、50号に至る十年余の歳月、長かったような短かったような……。移り変わりの激しいこの世界、創刊のころの事情を知る人はもう少なくなってきました。そこで、今回は、ちょっと思い出話をしましょう。
 
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、こんな手紙が来たよ」。私のかわいい妹分、秋本明香嬢に1通の手紙を見せられたのは、1993年の初夏のことでした。差出人はエロ本の大手、三和出版の編集者。内容は女装雑誌の『くいーん』に載っていた「貴女の写

『ニューハーフ倶楽部』の原点となった記事。モデルは秋本明香嬢。(『調教通信』9号 1993年9月 三和出版)

」『ニューハーフ倶楽部』の原点となった記事
モデルは秋本明香嬢

真を見て興味を抱き、インタビューと撮影をお願いしたい」という文面。
 
「取材依頼みたいね。危ない手紙じゃないみたいだから、明香にその気があるのなら、お返事すれば。心配ならお姉ちゃんが立ち会ってあげるから」と私。
 
とんとん拍子に撮影ということになり、当時、江東区亀戸にあった「エリザベス会館」のスタジオで、坊主頭でがっちり体型の編集者氏と会ったのは、その数カ月後のことでした。それが麻生さん(『ニューハーフ倶楽部』編集長)とのご縁の始まり。
 
撮影が終わったあとの懇談で、いつか女装の雑誌を出したと思っている。今回の記事は、そのためのパイロット版のつもりという話をうかがいました。私の方も、なんとか女装の雑誌を商業ベースに乗せられないかと考えていたころで、企画が実現した際の協力をお約束しました。
 
明香嬢の記事は「妖艶なる第3の性−秋本明香、その倒錯美を徹底追求−」と題して、93年9月刊行の『調教通信』9号に掲載されました。それから1年ほどがたち、約束を忘れかけた94年の秋、「例の企画についてご相談したい」という麻生さんからの電話が入りました。
 
実は、これ以前に、商業ベースの女装雑誌は3回、試みられていました。1991年12月創刊の『クロス・ドレッシング』、94年1月創刊の『インナー・TV』、そして同年11月創刊の『女装読本』(いずれも光彩書房)。しかし、それぞれ、2号、3号、1号しか続かず、営業的にはまったくの失敗に終わっていました。残念ながら、女装業界には商業雑誌を独自に維持するだけの人材が質量ともに乏しかったのです。
 
そうした実情を考慮して、私はビジュアル面ではプロのニューハーフを主体にして、誌面の一部をアマチュアの女装者に充てるスタイルを麻生さんに提言しました。たとえ2割でも1割でも、商業雑誌の中に女装者のスペースを確保することが大事だと思ったからです。結果的に、それが今に続く『ニューハーフ倶楽部』のスタイルになりました。
 
ところで、創刊にあたって、麻生編集長からグラビアモデルの人選を依頼されました。フルヌードという条件で、読者の鑑賞にある程度、堪えられる人材はアマチュ

創刊号のグラビア撮影風景。モデルは岡野香菜嬢。(1995年3月19日 秋川の旅館 石舟閣)

創刊号のグラビア撮影風景
モデルは岡野香菜嬢

ア女装世界には多くありません。また顔出しのリスクにも配慮しなければなりません。いろいろ考えた末に、「5人、推薦できます」と返事をしました。それは「誰ですか?」と問われたので、私は説明を加えながら名前を挙げていきました。4人まで挙げたところで、編集長が「それで行きましょう」と言いました。
 
その四人こそが、95年3月の創刊号のグラビアを飾った岡野香菜、村田高美、第2号の秋本明香、嶋田啓子の皆さんでした。でも、私 が推薦したのは5人のはず。「あと1人は誰ですか?」という問いかけを私はずっと待っていました。しかし、編集長からその言葉はありませんでした。単に忘れたのか、故意に言わなかったのか、今となってはわかりません。そうです。5人目は私、三橋順子だったのです。
 
代わりにかどうかは知りませんが、編集長は私に第2号からの連載エッセーを依頼しました。それが今に続く、この雑誌の最長寿コーナー「フェイクレディのひとりごと」です。
 
編集長が「順子は、モデルよりもライターで使おう」と考えたのなら、結果的に適切な判断だったことになります。でもね、当時はずいぶん悔しかったんですよ。
 
ところで、私は、7月にタイのバンコクで開催されたアジア・クィア・スタディーズ国際学会に招かれ、日本のトランスジェンダー世界の実情について、世界の研究者の前で報告してきました。そこで強く感じたことは、トランスジェンダー、つまり性を越えることは、ひとつの文化だということです。
 
そうした意味からも、世界で最も高度に発達した日本の性別越境文化をビジュアルに紹介する専門誌として『ニューハーフ倶楽部』が末長く刊行され続けることを、心から願っています。