【第44回】鉄道趣味と女装者

2004. 8

もうずいぶん昔のことになります。仙台の小谷理美さんの企画で、クラブ・フェイクレディの仲間と、三陸の気仙沼に旅行したことがありました。楽しかった旅もそろそろ終わりに近づき、列車が前谷地という小さな駅を通過した時、理美さんが「順
ちゃん、これで気仙沼線、完全乗車だよ。よかったね」とささやきました。
 
「完全乗車」とは、鉄道のある路線を始点から終点まで(逆でも可)全部乗ることで、「乗りつぶし」とも言います。部分的に乗り残すことは「鉄ちゃん」(鉄道趣味者)の間では、良くないこととされています。
 
そうなのです。「この旅行、やけに電車にばっかり乗ってるわね」と思っていたら、「完全乗車」という言葉が示すように立案者が「鉄ちゃん」だったのです。ところで、最近、原武史『鉄道ひとつばなし』(講談社現代新書)という本を読みました。その中に「鉄道とジェンダー」という章があり、鉄道マニアが極端に男性に片寄った世界(女性はほとんど皆無)であることを指摘し、その意味をジェンダー論的に研究すべき必要を提起しています。
 
たしかに、駅のホームで電車を撮影しているのは、ほぼ100%男性で、鉄道好き

お座敷列車「華」の前で記念撮影する私。普通の女性もすると思うけど・・・。(JR福島駅で 1997年7月)

「普通の女性もすると思うけど・・・」

=男の趣味という印象は強くあります。ところが、理美さんだけじゃなく、なぜか女装者には「鉄ちゃん」が目立つように思うのです。
 
例えば、アマチュア女装雑誌の『くいーん』には「列車シリーズ」と銘打って電車内や電車を背景に撮影した写真を30数回掲載し続けた静さんという方がいました。それどころか、名前は記せませんが、有名な女装者で、プロのトラベルライターをしている方もいます。
 
こう書くと、「いくら女の格好をしていても、女装者の中身が男である証拠」と言われてしまうかもしれません。でも、お医者さんから「中身は女」という診断書をもらっ
ているMTF(男から女へ)の性同一性障害(GID)の人にも「鉄ちゃん」はいるのです。
  
私の古い知人のYさんは、すでに性別適合手術も済ませ、日常も女性として生活しているMTFのGIDです。2004年3月のGID研究会の三次会で久しぶりに出会った時、彼女は友人と鉄道話を熱心にしていました。
 
そこで、「鉄道とジェンダー」の話をすると、「そりゃあ、そうですよ。普段、女性の中で鉄道の話

電車の運転台で「指さし確認」をする私。女性はこんなことしないらしい・・・。(JR福島駅で 1997年7月)

「女性はこんなことしないらしい・・」

は絶対にできません」という返事。そして「順子姐さん、時刻表を熱心に読んでいる女性がいたら、MTFの可能性を疑った方がいいですよ」と教えてくれました。
 
おもしろいのは、「鉄ちゃん」のMTFは、みんなそれを隠そうとすることです。やはり「女らしくない趣味」という感覚があるからでしょう。でも珍しい電車などを見ると、思わずその前に立って写真を撮ってしまったりして、「鉄ちゃん」も素性がバレてしまうのです。
 
私は、「鉄ちゃん」ではないので(ホント?)、なぜ、男から女へという方向性をもつ
MTFの人たちに「鉄ちゃん」が目立つのか、そこらへんの関連性はよくわかりません。彼女たちは、男らしさを捨て、女らしさを求めているはずなのに。
 
実は、MTFには「鉄ちゃん」だけじゃなく軍事マニアやバイク好きも目立ちます。趣味にジェンダーがあるとすれば、ミニタリーもバイクも、男ジェンダーに属するものでしょう。でも、迷彩柄のミニスカート姿で、お台場あたりで戦闘ごっこをしている女装者とか、真っ赤なツナギでヘルメットから長い髪をなびかせて「ナナハン」

旧型の転轍機と信号塔がうれしくて、ついこんな写真を撮ってしまう私・・・。(長野電鉄須坂駅で 2001年10月)

「ついこんな写真を撮ってしまう私・・・」

を飛ばすのが、「あたしの理想」というニューハーフもけっこういるのです。
 
一つの仮説として、MTFは、子供の時から心の中の女らしさを自覚しているので、それを埋めあわせるために、一時期は男らしい趣味に走る、という説があります。でも、だったら、最終的に、男らしさ指向を断念して、「女」になることを決めた時に、男らしい趣味を捨てればいいのに……。 
 
このテーマ、ジェンダーの形成と転換の複雑さを示しているのかもしれません。

(追記)
この文章を発表した後の2004年7月に、京都の国際日本文化研究センターの研究会で原武史先生(明治学院大学助教授)にお目にかかる機会がありました。「鉄ちゃんと女装者」のことをお話すると、とても興味を示されました。その内、なにか新しい見解が生まれるかもしれません。