【第32回】あくまでも基本は「自由」

2001. 08

「お姐さん、『トランス公安委員会』の話、知ってる?」
 
新宿の女装仲間に聞かれた時、あたしは何か新しいバーチャルな企画かと思いました。ところが、話を聞くと現実のことで、「公安委員会」は女装世界の「マナー向上」を目的に新宿2丁目に設置され、女装者への「免許」の発行と教習を行う機関なのだそうです。
 
あまりに非現実的な話だったので、気にも止めなかったのですけど、その内にインターネット・サイト上で話に尾鰭が付いて、「2丁目エリアに出入りする女装者は『委員会』の免許を持ってないと逮捕される」みたいなとんでもない話になってきました。そこで少しまじめにネタ元を洗ってみました。
 
その結果、どうも主唱者は本気でこの構想を実現しようと思ってるらしく、4月22日には準備委員会も開かれたことがわかりました。そして、ネット上に公開されてい



「2月、目黒雅叙園でお食事会」

た議事録を読んで驚いたのは、免許制度や教習所と並んで「罰則施行班」の設置が計画されていたことでした。もし、ある集団が勝手に免許や規則、違反者への罰則を作って、あるエリア(例えば新宿2丁目)に出入りする女装者にそれを適用するとしたら、それは私的制裁の乱用であり暴力にほかなりません。いくら実現性
に乏しい構想とはいえ、冗談では済まない問題です。
 
女装者に免許を与えるということは、女装を許可制にするということです。これは表現の自由の一環である服装の自由に対する明確な抑圧です。私たち異性装者が一般社会に対して長年主張し続け、ようやく限られた範囲であっても手にすることができた自分の望む性別表現(服装)をする自由を、自らの手で制限することになり、絶対に容認できないことです。
 
新宿の女装世界や2丁目のゲイタウンは、私たちの先輩たちが、



「3月、奥多摩青梅の料理屋さんで」

一般世間の「常識」と戦いながら、長い年月かけて涙と汗で築いてきたマイナー・セクシュアリティ(性的少数者)の解放区です。その中では日本国の法律に触れない限り、多様な性的表現、性的指向、性的嗜好が自由なはずです。もちろん解放区も一つの小社会ですから、コミュニティの内部では、マナーや他人に対する気配りが求められることは当然です。しかし、あくまでも基本は自由であって、「マナー向上」や「コミュニティの浄化」を旗印に自由を統制しようとするのは、まったくの本末転倒です。
 
念のため繰り返しますけども、「トランス公安委員会」構想は実現性0です。考えて
もみてください。あたしが何かの用事で2丁目エリアに入ったとします(普段はめったに行かないのですけど)。もちろん、あたしは「トランス公安委員会」の免許なんて持ってません。そのあたしを、「公安委員」を名乗る人が、拘束して罰則を課せられますか? できる訳ないでしょう。ある地域の不特定多数の人に私的な権力を行使するようなことが、法治国家日本で許されるはずがありません。たぶん、この文章が公になる頃には、このバカげた構想は雲散霧消していることでしょう。
 
(付言)予言どおり「トランス公安委員会」は、ほとんど誰の支持も得られず、1カ月ほどで跡形もなく消え去りました。あたしはこの馬鹿げた企ての主唱者の名前を挙げることはしませんでした。「武士の情」です。二度とこんな愚かな計画を考えないようにお願いしたいと思います。なお、この問題については、神名龍子さんがE
ON/Wの中の「りょこ倫」で取り上げ( 「
この世を花にするために『トランス公安



「4月、横浜三渓園で夜桜見物」

委員会』対策」)、その問題性を明らかにしていますのでご参照ください。

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ところで、順子の近況ですけど、SFセミナー、お茶の水女子大の研究会、東京都社会教育主事研修会などでお話をさせていただく傍ら、着物仲間のお姐さま(純女)と、あちこちにお出掛けして季節季節の日本の美しさを楽しむ充実した日々をすごしてます。2月は目黒雅叙園でお食事会、3月は奥多摩青梅で山里の春を楽しみ、4月は横浜三渓園で夜桜見物。「よくぞ日本の女に成りにけり」と思うこの頃です。