【第22回】女装で講演、夢が現実に

1998. 12


 でも、ほんとうに参りました。『ニューハーフ倶楽部』18号の嶋田啓子ちゃんのエッセ
 今年も残すところあと1ヵ月ほど。あたしにとってつくづくいろいろなことが有った1年
 でした。
   
 「今日の夕方、紀伊国屋で本買ってたら、講演会のポスターに『三橋順子』って、オ
  マエと同じ名前の人がいたぞ」
 「それ、あたしなんだけど・・・」
 「バカ言え。オマエが人前でなにしゃべるんだよ」
   
 このお客さん、とうとう信じてくれませんでした。まあ、仕方ないかなぁ、目の前で胸
 の谷間見せながら、ウーロンハイ作ってるHっぽいホステス風おネエちゃんと講演会
 の講師が結び付かないのは・・。
   
 これ実話です。あたしは、今年の
 2月23日、「第97回紀伊国屋セミ
 ナー 性を越境する−異装がもた
 らすゆらぎ−」の講師に招いてい
 ただき、新宿の紀伊国屋ホール
 を埋めた500人近いお客さまの前
 で「異性装と日常空間」という講
 演をしてきました。長い伝統をもつ
 お堅い大手書店のセミナーが、
 正面切って「性」をテーマに取り上
 げたことも、あたしのような異性装
 者を講師としたことも画期的なこと
 でした。
   
 5月末には秋田市で開催された
 「第20回日本文化デザイン会議」




「性科学の世界的権威ミルトン・ダイヤモンド
                  ハワイ大学教授と」

 にお呼ばれしました。建築家の黒川紀章さんを会長とするとても大規模な文化フォ
 ーラムで、あたしは著述家の松岡正剛先生主宰の座談会「男が男を好きになる」に
 出演して、作家の松本侑子さんや伏見憲明さんと一緒に200人ほどのお客さまにお
 話してきました。レセプションや講師控室で各方面の「文化人」の方々に身近に接
 することができて貴重な経験でした。
   
 8月初めには「フェミニスト・カウンセラー教育訓練集会」で「トランスジェンダーとフェ
 ミニズム」という講演をして、勢いに乗ってフェミ系の論集(「シリーズ 女性と心理」
 第2巻『セクシュアリティをめぐって』 新水社)に「『性』を考える−トランスジェンダー
 の視点から」という論文まで書いてしまいました。
   
 こう書くと、冒頭の男性客のように「何でオマエが?」と思う方も多いと思います。あ
 たし自身、依頼が来る度に「えっ!、あたしなんかが出ていいの?」と思うのですか
 ら。女装姿で大勢の方の前に立ち、まじめなお話ができるなんて、ほんの1年ほど
 前には夢にも思いませんでした。もちろん、そうした機会が与えられるのは、伏見さ
 んや松本さん、それに演劇論の石井達朗先生(慶応義塾大学)のお陰なのですけ
 ど、それにしてもつくづく世の中が変わったなぁ、と思います。
    
 「性」の問題、しかも、異性装(女装)のようなマイナーな性のあり方を、ひとつの「文
 化」として正面からまじめに扱おうという傾向が、一般社会の中に、一部とはいえ、
 はっきり出てきたことは、とてもすてきなことだと思います。あたしというひとりの女装
 者の存在そのものが、あるいはあたしが女装者として体験し考えてきたことが「性」
 という人間にとってとっても興味深い大事な「文化」を考える際の糸口のひとつにな
 ればいいなぁ、と思いながら、これからも、どんどん広い世の中に出ていこうと思って
 ます。
   
 ん?「理屈っぽい女は嫌いだ」ですか。そんなぁ、いくらなんでも二人だけの時に、難
 しい話をするほど、あたしは野暮じゃあありませんよ。「性」の奥深さを知ってるあたし
 みたいな「女」と遊んでみるのも、あなたの「性」を豊かなものにする一つの方法かも
 しれませんよぉ。よかったらお手紙くださいね。