【第21回】
新宿女装世界の老舗『ジュネ』
1998. 09
「明日、お仕事が早いんですよぉ。順子姉さん、お先にぃ」
と言って帰るかわいい妹分のRちゃんを階段まで見送って戻ってきたあたしに、彼女
の隣に座っていた男性客が尋ねました。
「彼女、お客さんだったの?」
「うん、まあ…」
「悪いことしたなぁ。ホステスさんかと思っちゃったよ」
「いいんじゃないの。気にしなくて」
彼のグラスに水割りを作りながら応えるあたし。
「ならいいけどさ。ところで、お姉さんは、この店に入ってもう長いの?」
「あたし? あたしも別にお仕事じゃないのよ」
「え〜っ!お姉さんもお客さん?」
「そうね。お客さんのお店の人の中間のボランティアかな」
「う〜ん、わかんないなぁ」
あたしが毎週お手伝いしている新宿歌舞伎町区役所通りのクラブ「ジュネ」(TEL:0
3-3209-7491)は、確かにこの男性客がぼやいたように「誰が従業員だかわからな
「「ジュネ」のカウンターで」
い」ちょっと不思議なお店です。でも、お店にい
るみんなが楽しく飲んで歌ってお話しできれば
、あまり細かいこと気にしなくてもいいと思うん
ですよね。
ジュネ」に代表される女装客と男性客とが一
緒に楽しい時間を過ごせるいわゆる「女装系」
のお店は、今、新宿に10軒ほどあって、歌舞
伎町区役所通りから新宿3丁目末広通り・要
通り界隈から、新宿2丁目に広がる新宿の女
装系コミュニティを形作っています。
こうした女装系のお店の客層は、女装客と女
装者が好きな男性客によって構成されていて
、女装客をほとんど想定していない男性客中
心のいわゆるニューハーフ系のお店とははっ
きり区別されます。また女装客と男性客がお
互いにヘテロセクシャル意識(厳密に言えば
疑似ヘテロ意識だけど)を共有して接している
ことも大きな特色です。この点でホモセクシャ
ル意識を共有している新宿2丁目のゲイ/レ
ズビアン系のお店とは明確に異なります。
このような女装客中心のお店のルーツは、19
60年代に活発に活動した女装秘密結社「富貴クラブ」をベースに、加茂梢さんという
方が1966年に新宿花園五番街(ゴールデン街地区)に開店した「ふき」だとされてい
ます。この店はその後「富貴クラブ」と袂を分かって「梢」と改称し、ここを中心として
1970年代に新宿女装文化の基礎が築かれました。
1978年に「梢」に隣接して(正確には1軒おいた隣)開店した「ジュネ」(中村薫ママ)
は、退転した「梢」の営業スタイルと客層を受け継いで、1980年代の新宿の女装文
化の発展と定着に大きな役割を果たしました。現在、新宿の女装系のお店の約半
数は直接、間接に「ジュネ」の系譜を引く店で、若いころ「ジュネ」で修行したママさ
んも少なくありません。本誌でおなじみ「ギザ」の美人ママ宮沢万紀子さんも「ジュネ
」の出身です。「ジュネ」は1994年に新宿区役所前の「丸源54ビル」2Fに移転しまし
たけど、今なお新宿女装文化の中心として、この1998年10月に創業20周年を迎え
ます。
「いらっしゃいま〜せ」
「すいません。もう少し詰めておすわりくださ〜い」
ボックス席もカウンター席も満席の大盛況です。ママの人間的魅力、質量ともに充実
スタッフとハイレベルな女装会員、男性客が2時間飲んで食べて歌って一万一万円
札で十分にお釣りがくる低料金とサービスのよさ、そしてなによりもにぎやかで気楽
な雰囲気。この大不況下にもかかわらず「ジュネ」はお客さまの途切れることがあり
ません。女装に対する世間の理解の広がりにともなって、最近では一般の男性客や
純女性客も来てくださるようになりました。
時間はもう4時半を過ぎました。閉店準備に入り始めたチーママに目配せして、さあ、
そろそろあたしのラストソング「さよならはダンスの後で」を歌いましょうか。