【第18回】人生いろいろ

1998. 03


 「まったくぅ、啓子はなんてことしてくれたのよぉ、ネタに困って友達売るなんてぇ!」
 「え〜っ、だって〜ぇ、そもそもあたしを『ニューハーフ倶楽部』に売り飛ばしたのは、
 順子さんじゃない!」
 そう言われちゃうと確かに・・・。
  
 でも、ほんとうに参りました。『ニューハーフ倶楽部』18号の嶋田啓子ちゃんのエッセ
 ー、ふたりだけの秘密を天下に暴露しちゃうんだもん。ご丁寧に似顔絵イラスト入り
 でさ。お陰で、妹分の明香ちゃんには「そうか、お姉ちゃんは、あたしがいるのに啓
 子さんともこんなことしてたのか」なんてすねられちゃうし、お店に行けば、助平笑い
 のお客さんに「読んだよ。二人の濡れ場なら生で見たいな」なんて言われちゃうし、
 熱狂的な啓子ファンからは、剃刀入りの手紙が送られてくるし。まあ、確かに事実で
 すけど、遠い遠い昔(確か5年前)の一度だけの「過ち」で、以来ずっと啓子ちゃんと
 は「清い女友達」なのですよ。信じられない? じゃあ、いっそ開き直って巻頭カラー 
 グラビアに啓子と順子の濃
 密レズプレイ写真でも載せ
 てもらいましょうか。でも、そ
 うしたら今度は爆弾が送ら
 れてきかねないなぁ。
   
 それにしても啓子ちゃんほ
 ど変っちゃった人は珍しい
 です。年末のある日、新宿
 のIデパートでデパートガー
 ルしている彼女を通りがか
 りにのぞいてみた時、つくづ
 く思いました。何しろ私は、
 8年程前、啓ちゃんがまだ
 髭づらのガテン系の兄ちゃ
 んだった頃から知ってます
 からねぇ。きれいになった
 だけじゃなくすっかり女に
 なってしまいました。彼女
 の変貌ぶりを思うと、もち
 ろん本人の才能と努力は
 あるにしろ、女性ホルモン
 の威力って恐ろしいな、と
 思います。一人の男性を
 ここまで女性に変えてしま
 うのですからね。
   
 あたしも、初めてお化粧し
 てから今年で12年、本格
 的に女装するようになって
 から8年になります。啓ち
 ゃんのような昔からの友達
 たちは、いろいろな事情で
 この世界から去ってしまい




「1990年10月 女装クラブに通いだした頃」

 、つくづく少なくなりました。それだけに残ってる人は、啓ちゃんを筆頭に変貌すさま
 じいものがあります。
  
 かってフォトコンテストであたしと日本一を競った名古屋のYさんのように手術までし
 て普通の女性になってしまった人もいれば、大阪の「贋作淑女」の北野洋子さんや
 新宿ゴールデン街の「たかみ」の村田高美さんのように、古い友達でお店を出して
 ママになった人もいます。また、1998年1月末に愛沢有紀さん率いる「東京孔雀会」
 が解散しました。あたしが駆け出しだった90年代前半には全盛だっただけに、新宿
 女装世界の一方の雄だった有紀ママの退場は感慨深いものがありました。
  
 こうして振り返ると、いつもいつも「相変わらず」なのは、あたしだけですね。「順子、
 おまえがママをやれば、新宿一の女装スナックができるぞ」なんて身に余ることを言
 ってくださるオジさまもいますけども、生来怠け者で、好きなことはするけども、苦労
 は大嫌い、という自分のしょうもない性格はよくわかってますからね。
   
 虚構と現実の間を生きている順子という女は、何物にも縛られない自由が大好き。
 週に1〜2度、新宿の街を夜風に吹かれながら気ままに歩き、ネオンきらめく歌舞伎
 町のスナックで好きな歌しかうたわない気まぐれなボランティア・ホステスをして、ま
 た気が向いた夜にはセックスフレンドと淫らな時間を過ごし、まぶしい朝の光の中を
 家路につく。そんな気楽な女装人生があたしには一番似合ってるんです。