【第10回】
今回はまじめに「社会と女装」
1996. 11
「どこで着替えんですか?」
「家よ(あたりまえじゃない)」
「それでどうやって店に?」
「電車乗って、歩いて(空飛べないもん)」
「えっ!その格好でですか」
こんにちは。順子です。前回は大脱線しちゃったので、今回こそまともな話をします。
テーマは「社会と女装」です。
最初の会話は、会社の先輩に女装系の店だと知らされずに連れてこられた新入社
員のお客さまとあたしとのやりとりです。このウブな男性は、女装者が一般人と同じ
ように電車に乗って街を歩いているということが、どうしても信じられないようでした。
そりゃあ派手ハデの目立つ格好はしてるけど、別にお尻出して歩いてるわけじゃな
いし(階段とかじゃあ見えてるらしいけど)、あたしだって普通に電車くらい乗りますよ
ね。
どうも世間の一部(大部分?)には、女装者なんてものは、薄暗いお部屋の中とか、
夜の闇にまぎれて隠微に生息している連中で、世の中を堂々と歩いてるはずがな
い、という印象があるみたいですね。
でも、一人前の大人が自分のお金で買った自分の好きなファッションを身につけるわ
けです。ちょっとハデケバかもしれないけど、世間のファッション概念から完全に逸脱
「マイクロミニでボーリング」
してるわけじゃあないし、誰に遠慮をする
必要もないですよね。ただ問題になとす
れば、身体的には男性のあたしが女性
のファッションを身につけているというこ
とでしょう。それがなぜ、問題になるかと
いうと、世間の「常識」、つまり「ジェンダ
ー(社会的性)の枠組み」を破ってるから
なんです。だけど、男らしさ、女らしさ、男
らしくなければいけない、女らしくなけれ
ばいけないって、そんなに重要なことな
のでしょうか?
あたしは、それよりも人間らしさ、人間ら
しく生きることの方が大事だと思ってま
す。
人間が人間らしくあるために大事なこと
のひとつが自由です。自分の行動に自
分で責任を取る限り、他人に大きな迷惑
をかけない限り人間は誰にも規制されず
自由なはずです。だから、あたしは普通
に電車に乗って街を歩いて、ショッピング
をして、友達とお茶や食事をして、お酒を
飲んで、好ましいお相手とセックスして
仲間たちと遊んだり(ボーリングとかお花
見とか)、旅行に出掛けたりします。それは、あたしにとってひとつの「日常」に過ぎま
せん。
あたしたち東京の女装者がベースにしている新宿の街は、一流企業のビジネスマン
と風俗産業のオネエチャンが混じりあい、合法・非合法に国境を越えてきたさまざま
な国の人と日本人とが共存している街です。だから、新宿の人達は、自分たちが思
っている「常識」が通用しないことがあること、世の中には色々な人間がいることを身
をもって知っています。多様性を認めている街なんです。
だからあたしたちのような「ジェンダーの越境者」にも居心地がいいのです。
1996年7月、埼玉医科大学の倫理委員会が「性転換手術」を医療行為として認める
画期的な答申を出しました。TSの人達にとってはもちろん、あたしのような支援者に
も熱い夏でした。ただ手術の実現には3つの条件が付けられました。そのひとつが社
会的理解です。そのためには、みんなが今までの「常識」にとらわれず、世の中には
いろいろな人間がいることを理解すること、つまり日本の社会がもっと多様性を容認
するようになることが大事なのです。あたしを見た人達が「世の中には色々な人がい
るんだなぁ」と思ってくれることを願いつつ、あたしは今日も街を歩きます。