【第01回】 「もうひとりに私(あたし)」がいたっていいでしょ

2001. 05

男としての現実、仕事に家庭にハードに頑張って生きている貴男の日常生活の中で、ふと気が付いた空間の小さな裂け目。その隙間を覗いてみたら、中は思ったより
ずっと広い世界で、そこには実の貴男とは別の、もうひとりの貴女がいたとしたら、どう思いますか。そう、「もうひとりの私」は女性で、その世界ではあなたは女性としての人生を送っているとしたら・・・。
 
そんな夢を疑似体験させてくれるのが、女装の世界です。この文章は、自分の男性としての人生のある一部分を使って、「女」としての時間を持ってみたいと思っている人のためのものです。だから、人生のすべてを、肉体までも女性化したいと思っている方は、これを読んでも無駄です。性同一性障害の自助・支援グループに連絡を取るか、専門の精神科医を訪ねてください。また、女装を職業にしたい、つまりニューハーフになりたい方は、この雑誌などに掲載されている広告を見て「従業員募集中」のお店を探してください。うまく行けば、下働きや黒服のボーイさんから修行して数年で一人前のニューハーフになれるかもしれませんから。
 
さて、女装の世界へのご案内です。ともかく一度、女の格好をしてみたいと思っているなら、女装クラブに行ってみることです。東京なら創業23年の実績と信用を誇る老舗の「
エリザベス会館」(台東区浅草橋)、大阪なら「パレットハウス」か「エリザベス難波店」、あるいはメイク専門ですが「スタジオ・スウッチ」がお勧めです。店によって少しシステムが違いますが、身一つで行っても1時間もあれば、すべてお任せで、上から下まで、つまり、鬘、化粧、下着に洋服、靴まできちんと女装させてくれます。下着一式だけは買い取り制で他はレンタルで、記念写真
女装初心者の頃のあたし(1990年)
「エリザベス会館」に通い出してまだ数回の頃。なんとなく初々しいでしょう
が1枚ついて料金はだいたい15000〜18000円です。
 
女装した自分の姿をじっくり見てください。「ゲ〜、なんじゃこりゃ、すげ〜えブス」と思った方、「ありゃ、案外いけるじゃん」と思った方、様々でしょう。でも、どちらにしても、そこは女装の世界のほんの入口に過ぎません。そこで「もうひとりの私」にサヨナラして現実の世界に戻るか、それとももう少し「もうひとりの私」と付き合ってみようと思うかは、あなた次第です。
 
「もうひとりの私」と付き合ってみようと思ったあなたが、「もうひとりの私」にもっと磨きをかけて「自分好みのいい女」にしたいと思ったらどうすればいいのでしょうか。女
を磨くコツは現実の女性と同じ、手間、暇、お金を惜しまないことです。センスとテクニックを身につけ、必要な時間とお金をつぎ込むしかありません。どの程度をつぎ込むかは、あなたが決めること。つまり、貴男はパトロンで、「もうひとりの私」はその愛人ということですね。そうなると、もう、レンタルなんかじゃ済まないはずです。下着はもちろん、洋服も靴も鬘も自前で揃えなければなりません。バッグも女性の必需品、バッグの中には最低限の化粧品(コンパクトと口紅&紅筆)を入れましょう。最初は、女装クラブに付属したショップが買いやすいと思いますけど、一般のお店だってお商売ですから、男性が女性用品を買いに来てもちゃんと応対して売ってくれます。要はあなたが変に恥ずかしがらないこと。自分の愛人へのプレゼントなのですから。
 
そうだ、忘れてました。「もうひとりの私」に名前を付けなければいけません。名前は「女」としての自覚をもつために大事なものです。よく考えて自分好みの名前を付けてあげてください。でも、いくら好みでも、浜崎あゆみとか松島菜々子とかジェニファーとか余り荷が重い名前は避けるのが賢明です。後で苦労するのはあなたですから。
 

「エリザベス会館」常連時代のあたし(1992年)
娼婦っぽいイメージを追求してました

お買い物だけでなく、女性らしい歩き方、身のこなし、しゃべりかた、そして女性らしい気の使い方、やさしい気持ちを身につけることも大事です。もちろん、お化粧の基本テクニックやファッション知識やセンスも勉強しなければなりません。一人前の「女」になるためには、覚えることは山ほどあります。それもそのはず、普通の女性が、女の子時代から少女期を経て大人の女性になるまでの10数年間に身につける
様々な「女の文化(ジェンダー)」を、あなたは1〜数年の短期間でと もかく身につけないと にいけないのですから。
  
難関は化粧(メイク)ですけども、普通の女性でもそうであるように、ともかく反復練習しかありません。ある程度、常連客になれば、女装クラブのメイキャッパーさんに教えてもらうこともできるはずです。大事なことは、自分の顔立ちに合ったメイクを覚えること、そしてメイクの基礎になる肌の手入れを怠らないことです。きれいになりたい意欲があって、努力を惜しまなければメイクは必ず上達します。

さて、「女」としての基礎がなんとか身についた頃になると、貴女はもっと自由に行動したくなるはずです。スカートの裾に風を感じながら街を歩きたい、男性の視線を意識しながら夜の街を歩きたい、そんな誘惑に駆られるはずです。東京の「エリザベス会館」は個人の外出は厳禁ですけども、各種イベントで集団外出ができる機会がありますから、それを積極的に利用しましょう。他の個人外出が可能な女装クラブなら、最初は先輩に頼んで連れ出してもらうのがいいと思います。そうして外の世界に慣れること、つまり、駆け出しの「女」として、一般世界の人(とりわけ女性)にできるだけ迷惑を

外出し始めた頃のあたし(1994年)
いかにもプレイガールって感じの「突っ張った」ファッションでした

かけないよう、しかもにならず、きちんと振る舞う術を学ばなければなりません。例えば、女性トイレの利用法などは最も重要なポイントです。
 
東京の場合、「エリザベス会館」で修行してきた貴女が、自由に外出を楽しもうと思ったら拠点を移す必要があります。渋谷の「
クラブ・サファイヤ」や新宿の「グッピー」など、ロッカーと化粧ルームがあって外出可能な会員制女装クラブのメンバーになることをお勧めします。あるいは、新宿の女装系スナックに遊びに行って、気にいった
雰囲気の店があったら、そこの会員になり、店付属の化粧部屋を使うという方法もあります。新宿女装世界の老舗「ジュネ 03(3209)7491」や「びびあん」などはしっかりした会員システムを持っています。いずれの場合も、システムに若干の差はあるものの月額会費は15000円前後です。もちろん、「エリザベス会館」を経由しないで、最初からこれらの会員制クラブに飛び込む方法もありますけども。
 
さあ、ここまでくれば、貴女はもう「女」としての時間を持ち、一人の「女」として自由に行動できることになります。新宿駅東口、「ジュネ」や「
ミスティ」のある歌舞伎町区役所通り、「」や「たかみ 03(3209)7416」があるゴールデン街、「びびあん」や「」がある新宿3丁目の末広亭ブロック、「スワンの夢」がある新宿2丁目のいわゆるゲイタウン、そして「アクトレス」や「Duo」がある2丁目新宿通り界隈は、女装者の存在に慣れている街です(大阪なら梅田の堂山界隈がそうした街です))。どの商店でも飲食店でも、嫌な顔をされることはまずありませんし、道行く人に指さされることも稀です。ここは「私たちの街」でもあるのです。周囲の視線なんか気にしないで、堂々と胸を張って、ヒールの音も軽やかに歩きましょう。
 

新宿の女装スナックで遊び出した頃のあたし(1995年)
お店のカウンターの中に入りたくて仕方がなかったです

ただし、夜の街は危険も一杯です。貴女はもう男ではありません。か弱い「女」なのです。男の視線にさらされ、男の性欲をかきたてる存在なのです。電車に乗れば痴漢の手が伸びてくるかもしれないし、引ったくりにバッグをさらわれるかもしれません。タチの悪い男にナンパされたあげく金銭を要求されるかもしれません。力づくで
組ひしがれレイプされてしまうかもしれません。さらにSex奴隷化されて闇の世界に送られてしまうかもしれません。「そんな大袈裟な」と思うでしょうけども、新宿という街は何があってもおかしくない街なのです。普通の女性に起こりうる危険は、すべて貴女にも起こりうる危険だと思っていた方が賢明です。そうした様々なリスクを上手に回避しながら楽しく夜の街で遊べるようになった時、初めて貴女は一人前の大人の「女」に成長したというなのです。 女装は、イメージ操作の遊びと言えます。「もうひとりの私」をイメージして、自分自身の身体を使って「自分好みの女」を実体化させる。何度も何度もイメージを修正し、身につけた技術とセンスを駆使して努力に努力を重ね、イメージと実体の「女」のレベルを少しずつ高めていく。決して簡単なことではありません。でもそれなりのレベルを目指すのなら、どんなスポーツでも趣味でも容易なものは無いはずです。それだけに、イメージを上手に作れた時の達成感は、たまらない快感なのです。
 
仲間とアフター5を楽しむ仕事帰りのOL風、好ましい男性とデートを楽しむ不倫人妻風、色気たっぷりに手練手管で男を招くホステス風、露出度全開のファッションで男の視線を捉えるストリートガール(娼婦)

女装者としてすっかり落ち着いたあたし(2000年)
気持ちの余裕の背景には、女装者としての自信があります

風、貴女がイメージして演じる「女」はどんなタイプでしょうか? 現実と虚構の間の不思議な時間、虚実皮膜の妖しい空間、女装世界の魅力をたっぷり味わってください。ただし、あたしのようにその魅力に浸り過ぎて、男としての時間と「女」としての時間のどちらが現実でどちらが虚構なのか、解らなくならいように注意してくださいね。
 
いつか、夜の新宿靖国通りですてきな貴女とすれ違うのを楽しみにしています。
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