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【第1回】はじめまして、順子です |
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1995. 5 |
夕方6時、急ぎ足で勤め先から「隠れ家」に戻ってきた私は、ネクタイを外しYシャツと
ズボンを脱ぐと、シャワールームへ飛び込みます。暖かいお湯を全身に浴びながら、男
として過ごした時間の緊張を洗い流していきます。これは私にとって男から女へ転化す
るためのたいせつな禊(みそぎ)の儀式なのです。
その2時間後、姿見の中に男性の目をたっぷり意識したファッションに派手目のメイク
・ロングソバージュの髪という典型的オミズ風の「お姉さん」
が立ってます。仕上げにココ・シャネルの上品な香りを全身
にまぶして、少し(だいぶかな)大柄だけど、ぽってりとした
唇が魅力的なセクシー美人のできあがりです。
今夜のファッションは、黒と金糸の混ぜ織りのセーターに
屈むと真っ赤なTバックショーツがのぞきそうな黒のマイク
ロミニ。上半身を包む鮮やかなクリームイエローのケープに
赤いショルダーバックがよく映えます。
駅への道すがら、階段やホーム、そして車内でも、黒の
網タイツに包まれた脚やむっちりと肉感的な太腿からヒップ
へのライン、そしてツンと突き出したおっぱい(これは偽物)
に男性の視線が突き刺さるのを感じながら、私は「女」であ
ることを意識していきま
す。
はじめまして。私は三橋順子という女装者です。私が自 |
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分の心の中の「もう一人の自分」に気づいたのは、17・8歳のころ、何かはっきりしたきっ
かけがあったのではなく、なんとなく「あれもう一人いるんだなあ。しかも女の子だ」って
感じでした。悩んだ時期もありましたけど、結果的に「もう一人の自分」、心の中の女性
的存在を素直に認めることにしました。
それから10数年、いろいろなステップを踏みながらもう一人の自分である彼女は成長
しそれなりに魅力的な「女の子」になりました。メイクの技術やファッションセンスを磨き、
男性の視線を浴びることで、どんどんきれいになり、セックスの快感も知りました(もちろ
ん相手は男性)。
その一方で、男性としての私は恋愛結婚もし(もちろん相手は普通の女性)、頑張っ
て仕事をしてきました。男性としての生活や社会的立場には一応満足していますから、
それを捨てる気は全然ありません。という訳で、今の私は男性7割、「女性」3割といった
感じの二重生活をしています。男性として仕事が忙しい私と遊び盛りの彼女のスケジュ
ール調整は大変です。なにしろ身体はひとつですからね。
電車を乗り継いで新宿に着いたのは9時前。伊勢丹の角で声をかけてきたオジさんを
「ごめなさい、これからお仕事なの」と断って新宿3丁目のスナック「梨沙」へ。と言っても
別にホステスさんをしに来たわけではなく、あくまでもお客さんです(時々間違われるけ
ど)カウンターで軽く飲みながらお店の「女の子」や隣の男性客とおしゃべりしたり気楽に
過ごします。
10時半、約束の時間です。お店を出ていつもの場所で待っている彼の車に乗り、中央
高速を飛ばして府中のラブホテルへ。激しく官能的な3時間、「女」であることの幸せを一
番感じる充実した時が過ぎ、「隠れ家」まで送ってくれた彼に軽くおやすみのキスをして、
私は濃厚な情事のけだるい余韻を全身にただよわせながら部屋に戻りました。時計の
針はもう夜中の3時を過ぎてます。
こんな人生、どう思われますか。私は欲張りなんです。男性の人生と女性の人生(一
部かもしれないけど)の両方を楽しみたいのです。そしてそれを実現できました。
今、私はとっても幸せなんです。 |
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