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(2000/10)


[ 2000年10月12日(第4講) ]
10月も半ばだというのに、今日の予想最高気温は29度。実際に外はとてもじゃないけど用意していた秋物なんて着ていられない陽気。仕舞いかけていた夏物の白地に黒のゼブラ模様のプルオーバーと黒の薄手のタイトスカートを引っ張り出して、夕方の用意に黒のレースの長袖カーディガンを手提げ袋に入れて、いつものように12時30分に家を出ました。まったく秋からの講義でこんな夏っぽい格好をするとは思ってませんでした。

今日の講義は、前回残ってしまった「性の4要素」の最後の対象の性(性的指向性 セクシュアル・オリエンテーション)からです。欲情・性欲の対象が何に向いているかということであり、「性」の4要素の内、他の三つが自らの「性」に帰属するものであるのに対し、対象となる相手があり、それにに向かうベクトルとして表されること、一般には、欲情・性欲の対象が異性ならヘテロセクシュアル(異性愛)、同性ならホモセクシュアル(同性愛 ゲイ/レズビアン)、両方ならバイセクシュアル(両性愛)と言われるが、この場合の「異性」「同性」とは、身体的の性、心の性、社会的性のどれに基準を置いたものなのか、確認してみる必要があること。また、性的指向が他者に向かわず自分に向く場合(ナルシシズム)、性的指向が極めて弱い場合(A・セクシュアル)、あるいは「シーメール」(男女両方の身体的特質を備えてる人)や人間以外の動物、さらには非生物に向くこともあること(ここまでくると後で述べる性的嗜好との境界はあいまい)を述べました。
また、現実の性的行動(セクシュアル・オリエンテーション)と心理的な性的イメージ(セクシュアル・ファンタジー= どのような性的イメージやシチュエーションに欲情するか)の間に乖離があることも指摘しておきました。

次に、性的指向性と対比する意味で性的嗜好(セクシュアル・プレファランス)を解説しました。多様な嗜好の存在を印象づけるために(時間の節約の意味もあって)、レジュメには下記のように列記してそれを読み上げました(さすがにいちいちは解説できません)。

どんなタイプに性的魅力を感じるか?、痩せてる、太ってる、毛深い、スベスベべした肌etc、小児、少年少女、アダルト、熟年。どんな部位に強く性的魅力を感じるか?、髪(長い・短い)、うなじ、首筋、大胸筋、乳房、腰のくびれ、ヒップ、太腿、脚線、足首etc。どんな性的体位に性的興奮を感じるか?、男性上位、女性上位、正対位、後背位、対面座位etc。どんな性的プレイに性的興奮を感じるか?、口唇性交(フェラチオ)、肛門性交(アナルセックス)、相互マスタベーション、複数性交、サディステックなプレイ(加虐嗜好 → 心理的屈辱、緊縛・拘束、鞭打etc)、マゾヒスティックなプレイ(被虐嗜好)、フェティシズム(拝物愛→ 髪、脚、靴、下着、レース、毛皮、レザー、ラバー、PVC etc)、スカトロジー(排泄物嗜好→ 尿、糞便、経血etc)、身体変工(タトゥー 、ピアッシング、性器加工、纏足etc)、露出プレイ、窃視(のぞき)、盗撮、痴漢、獣姦etc。つまり、性的な身体、性的形式、性的刺激に対する、様々な好みのこと。

普通の大学の講義ではまず絶対に聞かない言葉のオンパレードで、受講生はさぞ面食らったでしょう。講義の最初に現実に存在することを変に隠す事はしない、言葉のタブーを設けないと言ったのは、こういうことなのです。こうした性的嗜好は現実に程度の差はあれ、かなりの人に認められることであり、ファンタジーとしてなら基本的にどのような嗜好も許されることを述べました。
さらに、こうした性的嗜好を「変態」という一言で決めつけて思考停止にしている社会の現状は再考が必要であることを話しました。その上で、ファンタジーとしてなら許される嗜好も現実の行為(オリエテーション)としては、法的に許されないもの(=犯罪)もあることを、露出(=公然猥褻)、窃視・盗撮、痴漢(=強制猥褻)、強姦(レイプ)、同意の無い加虐(=暴行、傷害)、小児性愛、屍姦などを例に挙げて解説しました。ちょうどタレントの田代まさしの盗撮報道があったばかりなので、受講生にはわかりやすかったかもしれません。

次に、性的指向・性的嗜好への精神医学の介入の問題性を話しました。まず、かって性倒錯(Perversion)とされていた異性愛以外の性的指向(同性愛など)が1973年以後、性心理障害の分類から除外されたことを紹介し、その一方で、性的嗜好に基づく変異、例えばフェティシズム、服装倒錯(トランスベスティズム)、サディズム、マゾヒズムなどは、現在でも「パラフィリア(Paraphilia)性嗜好障害」と定義され、社会的逸脱行為につながるものとして、診断治療の対象(「病気」)とされていることを述べました。そして、何をもって社会的逸脱とするかは、同性愛の例に見るように文化(時代や地域)によって異なり、極めてあいまいで流動的なものであるのに、それを精神医学が性的倒錯とか逸脱とか決めつけるのは疑問であること、法を犯したり(法的逸脱)、他人に危害を加えたり、自分を傷つけたりするケース、あるいは本人が自らが性的嗜好に基づく精神的苦痛を訴えて来診する以外は、精神医学は個人の性的嗜好に介入すべきではないことを話しました。

この節の最後として、性的指向と性的嗜好との関係に触れました。オリエンテーションを基本的かつ第一義的なものとして、プレファランスをその下位に置く考え方が一般的であるが、現実には全ての人に当てはまるわけではないことを、実例を挙げて話しました。この部分、もっと突っ込んで話をしたかったのですけども、時間的余裕が無くて残念でした。

ここからやっと今日の予定の「『性』の多層構造−『性』の構造図を描く−」に入りました(残り30分余)。
まず、「性」の4要素に単純に「男」「女」を割り振っていくと16パターンができることを表を使って説明しました。「性」を4つの要素に分解して考えることにより、の世の中には少なくとも16通りの「性」が存在すること、しかも、現実には単純な「男」「女」の割り振りでは止まらず、それぞれの要素に様々な中間タイプ、例えばinter-やDouble-やBi-やTrans-などが存在するから、「性」のパターンはそれこそ無数に存在すると言っても過言ではないこと、「性」の有り様は極めて多様であり、「性」を「男」と「女」とにしか区分しない性別二元制の虚構性が見えてくること、を解説しました。

次に、多様な「性」の構造を視覚化(図化)する作業に入りました。視覚化するポイントとして、4つの要素の社会的機能性(可視性)を重視することを述べ、最も可視的が高い「社会的性(性役割・性別表現)」最も表層に、可視的ではなく本人 が表明しない限りは本音は解らないものの、日常の社会的なコミュニケーションなどを通じて顕在化する「心の性(性自認)」を中層に、通常は衣服によって隠蔽され露にされることは少ない身体的性(肉体)を最も基層に位置づけた三層構造(多層構造)モデル(三段重ねのお重箱、あるいは3段重ねのアイスクリーム)を提示しました。そして、この3要素が一体となって「性的自己」を形成し、それが「性的他者」に向かうベクトルが「対象の性(性的指向性)」であるので、三段重ねのお重箱から矢印が生えた図が描けることを解説しました。

以下、この図(モデル)を使って説明していきました。まず、多数派の男性・女性は、「性的自己」を形成する3つの要素(層)一致していて、異性にベクトルが向かっている形で視覚化できること、実際には、そうした「性」の有り様を当然と考えているため、「性的自己」が層をなしていることに気づかず、「性」は強固な一体構造的なものという錯覚をもってしまうこと、したがって自らの性の有り様に最も鈍感なのは多数派の男性・女性なのであることを、バニラアイスクリームの上にバニラアイスを二つ重ねても、味の変化に気づかないし、買ってからだいぶ時間が経って溶け始めているので(生後かなりの年数がたっているので)、ますます境界が判らなくなってくるという例え話で説明しました。

次に、同性愛者の場合を視覚化し、同性愛者も「性的自己」を形成する3つの要素(層)が一致している点では多数派の男性・女性と同様であり、したがって「性的自己」の層構造には鈍感なことが多いこと、ただ、ベクトルが同性に向かっている点が多数派の男性・女性と異なっているので、多数派との相違点である「性的指向性」に自らの性の有り様の特質を求め、その点へのこだわりがとりわけ強いことを話しました。

3つ目にトランスジェンダー(TG)の場合を視覚化して、TGの場合は「性的自己」を形成する3つの要素(層)一致してなく、「性」の各層間の同一性が無い点が多数派や同性愛者と最も異なる特質であること、各層間にずれ(不一致)があるために、「性」が一体構造ではなく多層構造であることに気づきやすいことを、バニラアイスの上にチョコレートアイスを乗せてさらにバニラアイスが重なっている状態なので、味の変化に気づくし、境界の存在(層構造)も色の変化で判るという例え話で説明しました。そして、ずれ(不一致)は、心の性と身体的性の間、及び心の性と社会的性の間の2カ所で生じること、TGは少しでもずれを直そうとして(同一性を回復しようとして)、まず社会的性を心の性に合致するよう社会的性の移行に努めること(身体的性の移行には医学の力を借りる必要があるので)を補足しました。

ここで時間切れ。前半の性的指向性と性的嗜好の話は、どう話したらいいか苦心しましたけども、後半の多層構造論は、私の持論で、あちこちの講演などで話をしていてほとんど目をつぶっていても話せる状態なのでスムーズに話が運び、たいぶ遅れを取り戻せた感じです。
2000/10/12(Thr) 時計

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