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2004年11月26日(金) 鷲(おおとり)神社の酉の市

代文学、とりわけ樋口一葉の小説の専門家である高田知波先生(駒沢大
学文学部教授)ご一行(駒沢大学OB/OG・成渓大学・専修大学院生混成部隊)のお供をして、一葉ゆかりの三ノ輪〜竜泉寺町(一葉の家があった町)〜吉原を歩いて、鷲(おおとり)神社の酉の市に行ってきました。
 
私の出で立ちは、先生の注文で一葉の小説に出てくる「唐桟」(藍の細縞の館山唐桟)に、縞の帯で、ちょっとレトロにこしらえました。
新吉原総霊塔(2002年1月16日撮影)
三ノ輪の駅に集合して浄閑寺へ。時刻は17時45分、当然もう真っ暗。
そういうことには鈍感らしい先生は、足元も危ないくらい真っ暗な墓地へさっさと入っていきます。仕方なく後を追う私。後ろで怖がる女子院生たち。そして、墓地の一番奥の、江戸時代から大正の大震災まで悲惨な末路をたどった遊女15000柱をまつる「新吉原総霊塔」へ。
 
え〜ん、こんな時刻に来る場所じゃないよぉ。3年前(2002年1月16日)にお参りした時に、どうも一人連れてきちゃったらしく、帰ってもらうのにたいへんだったので、今夜は立ち去り際に「ごめんね。今日は付いてこないでね」と本気でお祈り。
 
揚屋町の跳ね橋(一葉の小説に出てくる)跡から吉原の旧廓内に入り、ざっと見学。ソープランドの呼び込み兄ちゃんに不思議そうな顔をされながら、怪しい性社会史研究者ならではの蘊蓄を垂れてきました。
 
大門外の「見返り柳」がすっかり大きくなっていてびっくり。先生に請われて、伏見通りの旧赤線(昭和21〜33年の特殊飲食店地区=実態は公認娼館)の建物を案内したところ、3年前に撮影した時、4軒ほど残っていた内の1軒の場所に、新築住宅が完成間近になっていました。
 
もともと、旧赤線指定地と現在の風俗営業許可地域(ソープランド街)との微妙なズレ(路地一つ分)のお陰で、奇跡的に旧観をとどめていたエリアなのですが、やはり徐々に消え行く運命のようです。
華やかな現在風の熊手
キティちゃん熊手。やっぱり「サンリオ」さんがお買い上げ
どこか素朴な「よし田」の熊手
「駒形どぜう」売約済。
もう一度、廓内を抜けて、今日のお目当て、鷲(おおとり)神社の酉の市に。私は、酉の市と言えば、新宿の花園神社ばかりだったので、「本家」は初めて。毎年来ている先生のお話では、三の酉のせいか、それほど混んではいないようでした。
 
「たくさんあるお店の熊手は飾り物がプラスティック製だけど、1軒だけ昔ながらに全部紙で作ってる『よし田』というお店があるから」と、浄閑寺さんで教わり、混み合う鷲神社の境内を探し回ったら、照明を浩々と付けてたくさんの熊手を並べて売ってるお店の中に人に、1軒だけ、暗い寂しい店があり、そこでした。
 
壁に数個残ってるたしかに少し古風な熊手を「これ、おいくらですか?」と聞いたら、お兄さん曰く「悪いね。全部、売れちゃったんだよ。それも売約済」お店が暗かったのはもう閉店してたのです。他店は売れずに困ってるのに、なんという違い!もうびっくり、ショックでした。売約済の札をよく見ると、大きな熊手に「駒形どぜう」さんの札が付いていたり、浅草界隈の老舗は、ここで買うところが多いようです。
夜店とか大好きです。
結局、ちゃんと良い物を作れば売れる、でもその手間を惜しむ、あるいは作る技術がない、だから売れないという、なんだか着物業界と同じ構造があるように思いました。
けっこう距離を歩いたので疲れましたけど、久しぶりに若い大学院生の集団に接して、大学でゼミ生の面倒をみていた昔を思い出したりして、なかなか有意義な一時でした。
おしまい...